明日、最果ての地で 封神演義番外編12

     王亦(伏)・妲








それは。

今ではない時。
ここではない場所。

幾度目の再生を繰り返した後だろうか。

狐は『少年』と出会う。









  明日、最果ての地で











「毛並みが良いな」
声をかけられた狐は「当然よ」というように一声啼いた。
その艶やかに光る銀の毛皮は彼女だけのものであったから。
遠く霞む目をした『少年』は穏やかに笑って、彼女の体を撫でた。

「あたたかい」
そう言った『少年』の手は、人にしてはやけに冷たかった。
これは生きている人間だろうか、と、彼女は疑問に思う。
人間ならば何故、いつもは決して人に近寄らない自分がこうして横にいるのだろうと、そう思ったのだ。
これは、「何」だろう。

「頭も良いのだな」
視線が焦点を結ぶ。
読まれた?
「怯えることはない」
それは何故?

「お前は力ある者だから」

何かが音を立てて嵌った。
彼女はこの森の主となるだけでは満足できなかった。
人間に怯むことなく立ち向かうだけの力をその小さな体に持っていた。
人間が狩りをするように、人間を狩ることが出来るほどの頭脳を持っていた。

「お前は力ある者だから」

『少年』はもう一度言って、彼女の目を覗き込んだ。
緋の双眸と碧の双眸が真正面から重なる。

「貴方は何というの?」

初めて彼女は口を開いた。
彼女の力を持ってすれば、人間の言葉を話すのは至極簡単だった。

「これからしばらくは『王亦』という」
「そう」

隠すことなく『王亦』は答えた。
狐は興味なさげに軽く頷く。心の内で忘れないでいようと決めながら。
ゆらりと銀色の見事な尾を揺らした。
碧は、未だそこに在る。

「貴方の目が欲しいわ」

そう言えば、王亦は楽しそうに笑った。

「私の目を得て何とする?」
「眺めるの」
「そして?」
「飽きたら捨てるわ」

それだけのことよ。欲しいものは全て手に入れてきたのだから。
彼女の言葉を聞いて、王亦は愉快だと言った。

「お前は欲が深いな」
「そうかしら」

澄まして言う美しい横顔。注がれている視線を感じる。
さて、どうやってあの目を傷つけずに取り出そうかしら。
読まれていることを知った上で算段する。

「お前はそうやって生きていくのだろうよ」
「そうね。それ以外の生き方なんてしたくないわ」
「良い見本だ」
「何の」
「欲深こそが世界を救うと言うことだ」

王亦が声を立てて笑うのを、彼女はただ、じっと見つめていた。





ひとしきり問答した後、王亦は不意に遠くを見た。

「時間だ」
「そう」

残念だった。結局目は取れず仕舞いで終わり。こんなことは初めてだ。

「そう急くな」

先は長い、と王亦は言った。

「お前とはまた会うよ」
「わかるの」
「ああ」

これから長い長い年月を経て、また会うことになるだろうと。
最初の人は、そう言った。

「また、終焉の時に」









己の道を進み、その果てに何があるのか。
時折、あの碧の瞳を思い出す。
今は別の一対に重なる、あの彩。

「貴方が言ったのよ」

赤い唇が呟く。これは、呪縛。





そして、彼女は彼の目の前で消える。



「約束したわ」
       (それは貴方であって貴方ではないけれど間違いなく貴方)

「また会うと」
       (遙か昔の話)

「ねぇ」
   (逃がさないわ)

「これが最後よ」
         (終焉の時、最果ての地で)

「貴方の目はわらわのもの」
               (私だけを見つめなさい)



この世界は私で満ちている。何処を見ても私。
さぁご覧なさい。これは貴方が愛してきた世界。

そして、私。



遠く、満足そうな笑い声を聞いた。







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